

第一話
小栗判官、冥界への道
凛とした空気が心地よい季節となりました。今回は、ここ藤沢市西俣野に伝わる、波乱に満ちた小栗判官と照手姫(てるてひめ)の物語をたどる旅に出かけます。一歩足を踏み入れれば、そこはもう物語の世界。歴史のロマンに誘われ、いにしえの道へと歩き始めましょう。

六会日大前駅から旅の始まり
旅の出発点は、小田急江ノ島線の六会日大前駅です。駅前のロータリーを抜けて、国道467号(藤沢街道)を藤沢方面へ歩きましょう。しばらく進むと、大きな交差点が見えてきます。ここが亀井野小学校南側交差点です。この交差点を左折すると、小栗判官と照手姫の物語が息づく静かな集落に入っていきます。
このあたりは、常陸国(現在の茨城県)の領主、小栗満重(おぐりみつしげ)が、家来の横山大膳に招かれた場所と伝えられています。小栗判官の物語は地域によってさまざまな伝承がありますが、この西俣野に伝わる物語では、満重の子である小次郎助重(こじろうすけしげ)が主人公で、照手姫は横山大膳の娘という設定です。
なお、亀井野小学校南側交差点を曲がらずにまっすぐ約100メートルほど進むと、人気の直売所、「J Aさがみ わいわい市藤沢店」があります。新鮮な地場野菜や加工品を目当てに、帰りに立ち寄るのも良いでしょう



伝承小栗塚之跡:
冥界への入り口
亀井野小学校南側交差点を左折し、県道403号(菖蒲沢戸塚線)を静かに進みましょう。やがて、まるで地平線まで続くような広大な畑が広がり、澄んだ空と大地が旅人を優しく迎えてくれます。
この道を進むと、やがて道路の左手に社会福祉法人の施設が見えてきます。その手前の擁壁に、ひっそりと伝承小栗塚の跡の碑がたたずんでいます。ここが、物語の始まりを告げる場所。娘を渡すまいとする大膳の策略により毒殺された小栗判官の遺体が、土葬されたと伝えられています。
悲劇的な出来事ですが、ここから判官の旅が始まります。小栗伝説では、閻魔(えんま)大王の計らいで地獄から蘇生を許されます。この塚は、「冥界の入り口」とされています。
土震塚(すなふるいづか):
餓鬼阿弥としてこの世へ
伝承小栗塚の跡から道を隔てた向かいの丘の上に、土震塚(すなふるいづか)はあります。社会福祉施設の前の横断歩道を渡ると、階段が見えてきます。その階段を上ると、目の前には再び広大な畑が広がり、その中にぽつんと、小さな看板と柵で囲われたサカキが立っています。ここが土震塚と伝えられる場所です。閻魔大王の計らいで、小栗判官の魂は生前の姿に戻りますが、その体は毒のため、見るも無残な姿になってしまいます。餓鬼阿弥(がきあみ)と呼ばれたその姿は、人の言葉を話すこともできず、ただ転がって移動するしかない、哀れな姿でした。
この塚は、判官が地獄からこの世に戻ってきた場所と伝えられています。一説には、地獄から帰還した際の地響きでできたとされていて、その名の通り、大地を震わせるほどの壮絶な出来事だったと物語っているようです。

※畑には立ち入らないようにしてください

第二話
閻魔大王と照手姫の絆
壮大なロマン薫る古道をたどる旅。物語は今、地獄から蘇った小栗判官の運命を左右する新たな展開を迎えます。第二話では、ついに物語の鍵を握る照手姫が登場します。哀れな姿となってしまった判官と、彼を待ち続ける姫。二人の強い絆が試される伝説の地を、引き続き歩いていきましょう。

西嶺山 花應院
閻魔大王との再会
土震塚の丘を下り、県道をしばらく進むと、「西俣野」バス停が見えてきます。その先の信号のある交差点を右折し、歩道を進むと、右手に立派な石造りの入り口が姿を現します。ここが西嶺山 花應院(かおういん)です。このお寺は、小栗判官物語において非常に重要な役割を担っています。本堂には、彼を蘇生させた閻魔大王像が大切に安置されています。
この閻魔大王像は、かつて近くにあった閻魔堂に祭られていたものです。その閻魔堂は天保11年(1840年)の火災で焼失しましたが、この閻魔大王像だけは焼失を免れ、花應院に移されたと伝えられています。
花應院では、毎年1月と8月の16日に閻魔祭が行われ、木造閻魔大王座像と藤沢市の重要文化財に指定された胎内仏の石仏、そして物語の絵巻が公開されます。また、副住職の山本龍彦さんが、物語の絵巻と共に寺に伝わる瞽女(ごせ)淵以降が違う展開の物語を聞かせてくださいました。閻魔像の前に立ち、いにしえの人々がこの物語に耳を傾けた情景を想像してみるのも、また趣があるでしょう。


下:寺に伝わる小栗伝説の絵巻を前に、物語の奥深さを語ってくださった花應院 副住職 山本龍彦さん。地域に根付いた伝承を直接聞ける貴重な機会を、快く設けていただきました。


下:閻魔堂跡に残る石碑群。中央の小栗墓塔と読める石碑の周りには、土手番様浪人や歴代住職の墓石が残されていて、地域の歴史の深さを伝えています。
閻魔堂跡
地獄からの使者
花應院の東側には、焼失した閻魔堂があったとされる場所が残っています。お寺の入り口から少し戻り、路地に入ったところで「小栗判官之墓」と刻まれた石塔が立っています。ここは、花應院に移される前の閻魔像が安置されていた場所です。
伝説によれば、閻魔大王は小栗判官に、地獄から馬を遣わし、それに乗って人間界に戻るよう指示しました。その馬に乗ってこの閻魔堂にたどり着いた判官。この場所は、小栗判官が絶望から希望へと向かう、物語のターニングポイントだったといえるでしょう。
瞽女淵の碑
奇跡の再会
閻魔堂跡から境川の方へと歩いていくと、一面に畑が広がる開放的な景色の中に、小さな石碑が立っています。ここが瞽女(ごぜ)淵の碑です。隣接する会社の敷地の植え込みとしてきれいに整備されていて、木々に囲まれた閻魔堂跡の閉鎖的な雰囲気とは異なり、ひらけた空が希望を感じさせるたたずまいです。
瞽女とは、目の不自由な女性の旅芸人のこと。悲劇的な運命をたどった照手姫は、小栗判官の死後、各地をさまよいながら、やがて瞽女となってこの地で再会を果たします。この碑は、二人が再会した場所と伝えられています。盲目の瞽女姿の照手姫が、変わり果てた餓鬼阿弥姿の小栗判官と奇跡的な再会を果たした、物語の中でもっとも感動的な場面を象徴する場所です。


第三話
蘇る小栗判官、
伝説の終着点と「わいわい市」への道
物語は今、いよいよ佳境に入ります。最終話では、二人の旅路の終着点へと向かい、小栗伝説がもたらす希望の光に触れていきましょう。

御嶽大神
物語の終着点と道開きの神
崖線集落(がいせんしゅうらく)の面影が残る台地の麓に御嶽大神(みたけおおかみ)が見えます。この神社こそ、小栗判官と照手姫の物語の終着点です。
御嶽大神の清らかな境内には、古くから道開きの神様として知られる猿田彦大神の石廟(せきびょう)がひっそりとたたずんでいます。小栗判官物語では、この神様が、餓鬼阿弥となった判官を、病を治すための道案内をしたと伝えられています。
この石廟は、二人の旅路に希望を与えた重要な場所であり、私たちにとっても、困難を乗り越える勇気をくれるパワースポットかもしれません。石廟には、道開きの神様らしく、猿の姿が陽刻されているのが見どころです。





小御嶽神社
崖沿いにたたずむ歴史ある社
御嶽大神を拝観したら、崖沿いの道を50メートルほど進みます。すると右側の坂の麓に、ひっそりと小御嶽神社がたたずんでいます。
文永3年(1266年)に別当神礼寺が建立したとされる歴史ある神社です。元禄13年(1700年)、天明2年(1782年)に再建され、さらに昭和26年に氏子10軒により再建されました。元々は神明社の氏子から離れて奉祀(ほうし)されたとも言われています。
私たちが拝観した際には、お社脇のイチョウが黄色に見事に色づき、落葉の頃を迎えていました。歴史ある社と、自然の移ろいを感じられる静かなひとときです。
復活、そして新たな人生へ
小栗判官は、はるばる熊野の湯(湯の峰温泉)を目指しました。そして、その温泉に入ると、ついに元の姿に戻ることができたのです。
再び元の姿に戻った判官は、この地にたどり着いた後、故郷の常陸国へ戻っていきました。その道中、横山大膳を討ち、再び照手姫と幸せな人生を送ったとされています。御嶽大神の境内に立ち、これまでの旅路を振り返ると、小栗判官と照手姫が、多くの困難を乗り越えて絆を深め、幸せをつかんだという物語の深い感動が、胸にじんわりと伝わってきます。
帰り道は「わいわい市」へ
拝観を終えて、台地の上へ続く坂を登りましょう。突き当たりの道路が県道藤沢町田線の旧道です。ここを右へ進み、「下屋敷」交差点を左へ向かうと、旅の出発点近くの「亀井野小学校南側」交差点に戻ります。
心地よい風が吹く藤沢市西俣野の街には、今も静かに、壮絶な愛と運命の物語が息づいています。旅の終わりは、地場野菜が豊富な「JAさがみ わいわい市藤沢店」へ。歴史のロマンと自然の恵みに思いを馳せながら、ご自身のペースでゆっくりと街歩きを楽しんでみてください。




























